《説教要旨》 『神様の御言葉に生きる』 大澤宣 牧師
マタイによる福音書4章1~11節
アンパンマンの原作者やなせたかしさんは、戦時中の食糧不足の体験から、アンパンマンが自分の顔を食べさせてあげるということを考えられました。生きるためにパンを求めることは当然のことだと思います。経済を発展させようと努力することも当然だと思います。しかし、いつか、他者と分け合い、共に生きる生き方ではなく、奪い合い、人を切り捨ててでも自分が多くを得ようとすることにつながっていくように思います。
イエス・キリストは、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と語られます。申命記8章にこう書かれています。「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」。
神様は、人が神様の戒めを守ることを求められたということが示されます。それはなによりも人が真実に生きるためでした。人はパンという単なる物質によって生きるのではなく、命の主である神様の恵みの内に生かされていることを示されました。そのことに信頼をおき、神様を利用して、都合よく使おうとするのではなく、神様に仕える歩みへと導かれるだと思います。そして、神様に仕える歩みが、私たちが真に自由に生きることに導くものなのだと思います。
悪魔の誘惑にある、パンこそ自分にとって一番大切なものであるという思いは、際限なく自分の力を伸ばすことへと向かっていきます。世の繁栄こそ一番大切なものであるということへ向かっていきます。そのために神様と取引しようとするあり方は、神様でなくてもかまわない、悪魔とでも取引するというあり方につながっていくのです。
人を本当に生かすものは何であるのかを大切にしたいと思います。私たちは、神様の深い愛の中に生かされています。一人ひとりが主に愛された存在であることを信じ、分かち合う歩みへと導かれていることを覚えるものでありたいと願います。